近年、エスカレートするクレームによって担当者が疲弊してしまう「カスタマーハラスメント」(以下「カスハラ」といいます。)が社会問題となっていることから、厚生労働省の制定するパワハラ指針において、カスハラに関する下りが設けられ、厚生労働省よりカスハラ対策企業マニュアルが公表されました。
このマニュアルにおいて、カスハラとは、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」とされております。 そもそも要求事項が不当なものである場合にカスハラとなることは当然ですが、契約上の正当な要求であったとしても、その手段・態様・対応状況から、カスハラに該当することもあり得ます。
■クレーマー側が違法となる場合 カスハラ行為によってお店側に損害が生じた場合には、クレーマー自身の不法行為として損害賠償責任の原因となり得ることは当然であり、場合によってはカスハラ行為が刑法犯に該当する場合があります。 例えば、長時間にわたり飲食店で不穏当な態様で飲食した場合には威力業務妨害罪に該当する可能性がありますし、無言電話や迷惑電話等が偽計業務妨害罪に該当する場合や、その他にも脅迫罪、強要罪、暴行罪、傷害罪、名誉棄損罪、侮辱罪、信用棄損、住居侵入罪等の刑法犯が成立する可能性があります。
損害賠償請求が認められた事案として、マンション管理会社に半日の間に47回電話をかける、クレームを繰り返し流言する等したカスハラ行為について、不法行為による信用棄損の額を200万円、クレーム対応による損害額を10万円として、損害賠償請求を認めた裁判例があります。
■使用者側が違法となる場合 カスハラにより担当者が精神を病んでしまった場合には、使用者の安全配慮義務違反等として、使用者が損害賠償請求を受けるおそれがあります。 実際の裁判例として、クレーム対応により労働者が休日・時間外作業等に追われ、うつ病を発症した事案において、使用者側に1300万円の損害賠償責任が認められています。
また一方で、使用者に対する損害賠償請求が行われた裁判において、裁判所が使用者側の対応に対し、以下①~④の4点を評価し、使用者の安全配慮義務違反を認めなかった判例もあります。 ①クレーマーへの対応について使用者が入社テキストを配布して指導していたこと ②サポートデスクによる担当者からの相談を受ける体制が整っていたこと ③深夜の営業は必ず従業員を2名以上としていたこと ④使用者がクレーマーとのトラブルを終息させる策を講じ、順次実施していたこと 裁判所は上記4点より、使用者は尽くすべき義務を尽くしていたものとし、不法行為責任を負わないものとしました。 上記裁判例は使用者責任との関係で参考となるものですが、今日においては上記のとおりパワハラ指針等においてある程度使用者が実施しておくべき事項が明確化されておりますので、これらに従っていないと違法との評価を受けやすいものと考えられます。
■SNS投稿等への対応 クレーマーが従業員を撮影してくる場合、個人には肖像権という権利が認められており、顧客との関係においても肖像権を放棄しているわけではないことから、クレーマーがクレーム対応を撮影していることを理由にその後のクレーム対応を拒否することも可能です。 また、既にSNS にアップロードされてしまった場合には、クレーマーに肖像権侵害や名誉棄損による不法行為に基づく損害賠償請求を行う、プロバイダに動画等の削除を求める、名誉棄損罪等で警察の対応を要求するといった対応が考えられます。